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「ベトナム小学生の舞台での立ち振る舞いに完璧に度肝抜かれた!!」の巻


シャワー

先ほど、家のベランダにある浴室でシャワーを浴びてきました。

そして、浴びてから裸のまま、クーラーをつけておいた部屋に戻ると、

最高に気持ちが良いということを思い出したところです。

皆さんもこの感覚、子供の頃に体験したはず。

運動

子供の頃なんて大人になった今と比べて、日中、クーラーにあたる機会なんて

滅多にないはず。小学校にクーラーなんかないし、

学校が終わって、友達と行った近所の駄菓子屋にもクーラーなんかない。

汗びっしょりで家に帰り、夕飯ができるまでに、シャワーを浴び、

そして、クーラーがぎんぎんに効いているリビングに戻ったあの瞬間。

覚えてますよね?懐かしいですよね?

あの感覚がここにはあるんです。ここベトナム。いや、ここホイアン。いや、ここ私の自宅に。

ホイアンは、最近30度近くまで気温が上がってます。上り調子の絶好調です。

日本でいうと夏。でも町にはほとんどクーラーなし。

私が働くオフィス部分にもクーラーはなく、扇風機を回すのみ。

昼間、ご飯を食べに行っても、そこは、路上に机とテーブルを出しただけの屋台。暑い。

中学校に日本語を教えに行っても、そこにはクーラーなんぞない。暑い。

仕事終わりにカフェに行くもそこにもない。暑い。

夜、くたくたに疲れ、汗を体中にしみ込ませ帰宅し、すぐさまGo To シャワー。

そして、浴びたあとに。。クーラールームへジャンプイン!! という流れは、ほんと最高。

気持ちええんやで~~! イェ~~~イ!!
こうじ顔


すみません。。

上記のようなことを書こうと思い、久々にブログを開けたわけではございません。

「発表会に行ってきたぁ!!」ということを書きたかったんです。

私は、今、小学校と中学校で日本語を教えさせてもらってます。

私的には、特に小学校がすてきなんです。

子供たちが、めちゃくちゃかわいいんです。

両手で彼らの頬をこねくり回したくなるぐらいカワイイんです。(でも決してロリコンではございません。。笑)

コンサート②


授業が始まり、私が教室に入れば、子供たちは、起立をし、

必ず歌を歌ってくれます。

ホーチミンさんの歌、ベトナムを称える歌、学ぶ喜びを表現した歌などなど、

クラス全員で授業に集中するため合唱します。

彼らは別に僕に対して歌っているわけではないと思うのですが、

教壇に立ち、彼らの美しい声と満面の笑み、純粋な瞳から放たれる光線を全身で浴びる感覚は、

ぬる~いシャワーを浴びるのとは大違いだと、

先ほどシャワーを浴びながら、ぼーっと考えていました。

このタイミングで「日本の小学生と違ってベトナムの・・・」などとは決して言いません。

私は、今の日本の小学生の実態を知りませんから、比較しようもないし、

日本の地域によってもそれは違ってくるし、それこそベトナムでも違うわけで、

ここホイアンのルンテーヴィン小学校のあの子供たちが、とてつもなくかわいいという事実を書いています。

~~~~~~~~~

そんなかわいい子供たちから、ある日、

夜に小学校で音楽発表会があるから見に来てほしいと言われました。

そんなお誘いを断る気になどなるはずがありません。

「誰が断るものか!!

 息子のお遊戯会に仕事を休んで見に行く親の気持ちで絶対に行くさ!!」

とベトナム語で子供たちに伝えました。

「ベトナム語で」というのは、嘘です。そこまでベト語できません。

でも、その気持ちは、嘘ではありません。

そんなこんなで当日を向かえ(どんなこんなや!)、夜の8時に小学校に足を運ぶと、

すでに発表会は始まっていました。

コンサート③


正門の前は、多くの観客で溢れており、バイクを止める場所すらありません。

なんとか校舎の中に入り、視線を運動場に向けると、

昼間の学校とは全く違う光景が飛び込んできました。

コンサート④


というか、運動場に野外ステージが設置されてるじゃありませんか。

発表会でなく、コンサートですよ、これは!!

ぎんぎらの照明に、でっかいスピーカー、そして時々、ステージ前からスモーク。

プシューーーー!!!
コンサート⑤


よくよく考えれば、こんな時間に小学生がコンサートをすること自体、

私の中の薄っぺらく積み重なった常識からしてみれば、度肝を抜かれる光景です。

子供たちの今の感覚は、私が幼少期に、地域の夏の盆踊り大会に近所の友達と参加し、

好意を寄せていた女の子が浴衣で踊っているのを気にしつつも、

男友達で意味もなく会場を何往復もしている感覚なのでしょうか。

要は、ワクワクしてくる雰囲気がそこにはあったわけです。

そんなことを考えていると、低音をきかせて今どきのイケイケな音楽が鳴り始めました。

気になり、ちらりとステージに目をやると、

いつも私が教えている4年生の子供たちが立っているじゃないありませんか。

踊っているのか? いや、踊ってはいないぞ、歌っているのか? いやいや、踊ってもないし歌ってもいない。

何をしているのかと目を擦り、ステージにピントを合わせてみると、

コンサート⑦

モデルのような立ち振る舞いをしている。

派手なファッションに身を包み、歩くときに腰をくねくねさせ、

観衆の目を奪おうとしている。

そしてステージ前方中央で立ち止まり、最高にクールなポーズを決めている。

なんじゃこりゃ?

そうか。これは、ファッシャンショーなんだ。

コンサート⑥


こちらベトナムに来て発見したこと。

小学生も中学生も高校生も、ステージに上がると、

100パーセントでそれを演じる。

僕なら、いや多くの日本人は、恥ずかしくてそこまでできないだろう。

しかし彼らは、平気でそれを見事にやりきってしまう。自分を見せようとしている。

ベトナムの高校のファッションショーでも同じことを感じたし、

中学の音楽祭でもそれを感じた。

色っぽくウインクしたり、アヒル口を作ってみたり、

サングラスをかっこよく外してみたり、

襟をサッサッと正し、スッとポーズを決めてみたりと、

日本でいうところの郷ひろみがやるようなことを子供たちが平気でやりきってしまう。

それはそれは、ほんとにすごい。

主観ではあるが、他の東南アジアの国も同じような気がする。

どちらかでいうと、欧米的な文化要素だと思う。

恥じず、主張するという点で。

日本だと、「うわわわっ・・・」ってなってしまうだろう。

そういう面で、アジアの中でも日本は、少し違う文化がある。

その中で、日本のオタク文化は東南アジアに通用するのか!?どうだろう?

東南アジアで、K-POPが普及している理由は、そんなところにもあるのでは!?

なんてことを、小学校の夜のコンサートを見ていてぼんやりと思った。


その翌日、授業で小学校に行くと、いつも通り、彼らは、赤いスカーフを首に巻き、

元気な表情で、ベトナムの歌を歌ってくれた。

コンサート①




「ベトナムで迎えたあれから一年」の巻


震災から1年が経った。

すごく無責任だと捉えられても仕方がないが、

どうしても震災の実感が沸かない。海外にいたからというのが大きな理由だと思う。

同じ日本人がもがき苦しんでいるにもかかわらずだ。

あの時、日本にいたら、感じることは違っていただろう。


去年のあの日は、ホイアンに来て、1ヶ月が経とうとしていた頃だった。

小学校で授業を終え、ホテルに帰宅後、

オーナーから、「お前の家族は大丈夫か?」と聞かれところから始まった。

すぐにネットニュースを開くと、地震に関する速報で溢れ返っていた。

それからというものの、地震関連の記事や写真、動画で情報をつかむので必死だった。

その一方で、遠く離れた地で起こっている出来事でしかないという感覚を拭えないでいた。

そんな悶々とした日々を送る中で、

ここホイアンにいる約10人の日本人でも何かできないかということになり、

応援メッセージの作成や、チャリティーコンサートを開催した。


コンサート。
『チャリティーコンサートの様子』


地元のベトナム人はもちろんのこと、他国の旅行者からも多くの支援をいただいた。

ホイアン市政府や、地元企業も、協力的に運営をサポートしてくれた。

メッセージ寄せ書き。
『メッセージを書いてくれる旅行者や現地人』


募金。
『募金活動の様子』


集まった義援金や、応援メッセージを被災地へ送り、

世界の人々が被災地に目を向けていること、被災者の方々を想っているということを、

少しでも伝えることが、

ここにいる日本人として、唯一できることだった。



あれから1年が経ち、正直なところ、被災者と同じ気持ちで、この1年を乗り越えたとは言い切れない。

同じ思いで、一年を振り返ることもできていないと思う。

しかし、私たちにできることは、まだあるんじゃないかと10人の日本人で話し合った。

それは、ここホイアンのベトナム人たち、海外の旅行者に

去年のチャリティーイベントに関する感謝の想いを伝えること、

その中で、震災の傷跡はまだ治まることなく、現在も続いている、忘れないでほしいという意識を

少しでも持ってもらること。

そういう思いで、震災後1年の振り返りパネル展を開き、

去年のチャリティーで集まった義援金、応援メッセージのその後を報告する場を持つことにした。

その場で、感謝の意を込めて、5円玉アクセサリーを来場者に渡す予定だ。


震災時に日本にもおらず、その後の現場での復旧過程にも携わったことがない私が、

被災者の方々の思いを代弁することなんてできないと思うし、

そんなことをすれば逆に失礼だとも思う。

だから、この小さな町ホイアンで結ばれた絆を維持し、

ベトナム人に感謝の気持ちを伝えることが、

ここで私たちができる唯一のことだという結論になった。

3月31日土曜日に日本橋近くで、予定しているので、

お時間ある方は、ぜひ足を運んでいただきたいです。


「明けてしまった途端にまた新年」の巻



小学生1
(授業開始前の小学生たち)



あけおめことよろおねます!(あけましておめでとうございます。ことしもよろしくおねがいします)

ベトナムでの初新年を迎えたわけですが、

なにやら、もう1月も17日が経ってしまっているそうですね。

ベトナムに来て、あと1ヶ月で1年がたとうとしています。

はやいもんですね(誰もがいう言葉・・・)

人間不思議なもんで、新しい環境に身を置くと、

その6ヵ月目ぐらいまでは、すごく長く感じ、

その後の半年は、あっという間に過ぎてしまう感覚に陥るものです。

わたくしもそのように感じた一人でして、

来た当初は、まだかまだかと時が経つのを待ち望んでいましたが、

6ヶ月を過ぎたところから、それぞれの月の記憶がございません。

一瞬の出来事のように過ぎ去ってしまい、今に至ります。

人間不思議なもんで、言葉にすれば、全く重みもなく、

軽々しく1年を振り返ってしまいがちですが、

実に濃ゅい日々がそこにはあり、その中で、多くのヒトに出会い、

多くのヒトに助けてもらい、いくつかのピンチを救ってもらってきました。

この感謝の気持ちは、言葉にすればするほど、

薄っぺらいモノになってしまいそうで、

皆さんに申し訳なく感じているわけです。

そんなわけで、西暦が新たな年へと変わり、今年も頑張るかと思った矢先、

なにやら、ベトナムでは、まだ新年が来ていないとの噂を聞きつけ、

隣近所に確認したところ、旧正月が1月23日にあり、その日が、ベトナム人にとって、

元日になるらしいです。

それを聞いた直後から、ゆっくりと、去年の続きを生きている感覚へと戻ってきました。

刺身をしょうゆで食べようとし、タレにつけると、それがソースだった感覚に似ています。

改めて、今年も残り一週間。

ベトナムでの本当の新年を迎えるわけです。

今年は、何かさらに一歩踏み込んだことをしたいと意気込んでみるつもりです。

その最初のステップとして、元日の翌日、24日に、日本へ一時帰国することが決定しております。

久しぶりの日本をどうやって調理しようか今から悩んでいるところです。

そして、皆さんにお会いできることを心から楽しみにしているところです。

いろいろとご面倒をおかけすると思いますが、今年も何卒よろしくおねがいします。


夜道1
(バイクでひとり雨フル夜道を駆け抜ける爽快感)

















「風邪を引いた」の巻


中学校3
ここは中学校。長袖の子もいれば、半そでもいるという。。


ということで、久しぶりに風邪ひいた。

とにかく、最近は、涼しい。かなり過ごしやすいが、油断するとこうなる。

ベトナム来て、2回目ぐらいか。

前は、5月ぐらいやっけ?確か。

中学のクラスを休講にしたっけ?確か。

でも今回は、授業日と被らずセーフ。


中途半端に肌寒くなる場所は、風邪をひきやすいと知る。

ここベトナム中部がその一つ。

この時期、雨期は、涼しく、そしてたまに寒くなる。

この4ヵ月ほどの雨期を我慢すれば、また、暑くなるから、

わざわざこの雨期のために、毛布や暖房、ホットカーペットは、必要ない。普及していない。

少々大丈夫やろ、長袖着てりゃ大丈夫やろ、ってなる。

そうなると、風邪をひく。うっかり半そで、パンツ一丁で寝たら、まー、えらいことになる。

学生時代、マイナス20度の場所で生活していたことがある。

そこでは、暖房設備が完璧で、部屋は常に20度ぐらい。

外に出る時も、寒いの分かっているから重ね着プラスダウンジャケットで暖かい。

極端な気候の方が、体も調整しやすいのだろう。右か左か、寒いか暖かいか。

これを機に、健康的な生活を取り戻すことに決めた。

6時起床でランニング、そして21時就寝を目標に体を戻していこう。


口だけじゃないことを祈ろうか。






「洪水ですら余裕で受け入れてしまうホイアン人がカッコ良すぎて笑た」の巻

こうずい1


今、日本のメディアでは、タイの洪水ニュースが連日連夜報道されているようだが、

ここホイアンも負けてはいないようだ。

ホイアンは、洪水の町といっても言い過ぎではない。

毎年雨期になると、1度は、洪水に見舞われ、世界遺産エリアの旧市街地は、川へと変貌してしまう。

と横の携帯屋のおっちゃんが言っていた。


とその時!!


年に1度の洪水が町を襲った!

「ザザザーー!!ドドーン!!ス~~~~!ポン!!」


激しい雨と大潮とダムの開放の3つが重なり、ホイアンが川と化したという知らせをすぐに受けた。

おそらく町の人々は、年に一度の大洪水でパニック状態に陥り、

町は暴徒と化しているのではとある程度予想はしていた。

その変貌した町で何かできないかと、さっそく現場へと向かった。


こうずい2

ぬぬぬっ!そうきたか!

いつもは車やバイクが行き交う交差点が船着場となっている!こりゃすごい!

ぬぬ!うん? 

よく見ると、いつも川で魚を採っているおばちゃんらが、

舟に乗りながら「1周10ドル!安いよ安いよ!」と観光客に呼びかけている。

あれあれ?よく見ると、カップルが腰まで水に浸かってハシャいでいる。

右を見れば、学校が休みになった子供たちがお菓子食べながら、水遊びをしている。


いやぃゃぃゃ。。 おそらく何かの間違いさ。

きっと家が浸水に遭った住民たちは、

洪水の恐ろしさ故に果てしなくウロタエテいるにちがいない。ウロタエテイル。

その現場をこの目で確かめるため、意を決して舟のおばちゃんに大金を払い、

被害がすごいエリアへと舟を進めた。


そこは、まるで別世界!
こうずい6


町中には、すでに激しい流れができており、時折水しぶきもあげていた。

そんな中、ふと浸水した家の二階を見ると、

人々は、二階でテレビを見ている。

食事をしたり、昼寝をしている。

始終、悠々閑閑としているではないか。


二階のベランダでなごやかに談話を楽しむ彼ら。
こうずい4


手を振り笑顔を見せる彼ら。
こうずい3


泳ぐ練習をする彼ら。
こうずい5


至福のときを過ごす彼らを見て、私もいっそのこと舟から川へと飛び込んでしまおうとすら考えたぐらいだ。



彼らは洪水とともに生まれ、洪水とともに育ち、洪水とともに生きている。


いつもそばには、洪水がいた。

彼らにとって、洪水とは、いとこのおじちゃんのようなものなのだろう。

時には厳しく、時には優しく、大きく包み込んでくれる存在。

身内でたまに会うと「大きくなったな!」と頭をなでてくれる存在。

「ジュースでも買いなさい!」と5千円札をくれ、ジュース何本買えるんじゃいと突っこみたくなる存在。

洪水は、いとこのおじちゃん。


彼らの許容範囲の広さには常日頃腰を抜かしていたが、

今回の件でついには腰が砕けそうになった、いやそれよりも、

私自身の人格すらも疑い始める時がきたのだと気づき、そして笑った。

洪水で水かさがいくら増えても溢れることのない デカイ器 を彼ら自身が持っていたこと、

その姿がとてつもなくカッコ良すぎて、また笑った。

私もあれぐらいのデカイ器を持参したい。

そう天に祈ったホイアン洪水の日であった。
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